1993年作成の小冊子「有次」より

心根を受け継いで
四百余年

創業1560年

ARITSUGU
SINCE 1560

"Aritsugu" published October 1993


「わからんもんです、打っても打っても」

沖芝 昂 庖丁鍛冶


刀鍛冶の技術を源とする庖丁づくりの真髄は、親から子へ細く長く受け継がれてきた。父の後を継いで49年。沖芝さんは今も、昔ながらの所作を守った庖丁づくりを続けている。
なかでも、本焼き庖丁をつくる所作は刀をつくるのに似ている。しめ縄で結界された仕事場。炉の上に祭られた神棚。一流の料理人に十年も二十年も最高の切れ味を提供する庖丁は自然と人間の力がひとつになってはじめて生まれる。
庖丁を仕上げるまでの数時間、沖芝さんの身体は、エネルギーの塊のようだ。火造りから焼き入れまで、虚心に火と水を制御し、鋼を道具に変えていく。命の奥から放たれる集中した意思のもとに積み上げられる一瞬一瞬の所作が名刀に並ぶ庖丁をつくり出す。
沖芝さんの仕事は今、成熟期を迎えている。齢62歳。しかし、今でもより良いものを求める探究心は衰えていない。日々の仕事の中で、さらなる高みを求めて精進を続ける。これから何年間かに彼が産み出す庖丁は、絶頂期の一品となる。

 

kitchen knife blacksmith,
Okishiba Noboru


The essence of knife making is derived from sword forging techniques that have been handed down from father to son for many centuries.
Okishiba Noboru, too, has followed in his fatherユs footsteps. Even now, he continues to apply the skills that have been handed down from generation to generation.
For the several hours it takes to finish the knife, his body is a mass of energy. From forging up to quenching, he controls fire and water without any bias, and transforms copper material into a tool. Each single moment bom from a strong purpose unleashed from the depths of his existence creates a knife on a par with a celebrated Japanese sword.


「なんでもかまへん、いっぱい見とくことや。これからは、センスと技術がなかったら、生きられへん」

寺地 茂 打ちもの
(真鍮、銅、アルミ)


寺地さんは打ちものの職人である。地球を土台にして一枚の真鍮、一枚の銅板から鍋や器をつくりだす。素材の曲がるペースを守り、感じながら、急がずにじっくりと、ひと打ちずつ曲げていく。決して、ガツンといっぺんには形にしない。金属の繊維を細く長く、だましだまし形にする。表面についた鎚跡の一つひとつが寺地さんと金属との対話の痕跡である。
また、寺地さんは、突然アーティストにもなる。真鍮の寄せ鍋を作るのと同じ手法で、花器やワインクーラーなどの一品物をコツコツたたき出す。「気分がのったとき‥‥たまに、こしらえる‥‥そんなことばっかりやってられるかいな」といいながら仕事を終えたあと夜遅くまで「創作」に熱中する。そして、頭の中にひらめいた発想を寸分たがわぬ形にしてみせる。アーティストの感覚と百戦練磨の職人の手を備え持つ独立独歩のアルチザンである。
寺地さんは今、「しんどいけれど、よごれるけれど」手づくりのあたたかさを誇りに思えるこの仕事に、若い新しい力が集まることを願っている。

 

wrought metal craftsman (brass, copper, aluminum),
Terachi Shigeru


Terachi Shigeru creates pots and utensils from single sheets of metal stretched over an anvil half-imbedded in the ground of his workshop. He bends the material one stroke at a time patiently and without haste sensing just how much it can be bent, and stretches out the fibers of the metal to transform the metal into the right shape. The sensibility of an artist and the hands of a veteran craftsman produce a superb tool. And each single hammer-struck mark on the metalユs surface is a trace of a dialogue between this craftsman and the metal that he fashions.


「じゃまくさいさかい、他ではやらはらへん
うちとこは、昔のままのやり方を続けているだけです」

今井 建二 刃物職人


今井さんは、京都の町中に工房を構え、仏像や能面を彫る時に使う小刀や彫刻刀をつくっている。規模を大きくすれば、必ず手づくりから離れ機械に頼るようになると、今も一人で「ほんまの手作り」にこだわっている。
かつて今井さんは、ある宮大工さんからの注文で槍鉋(ヤリガンナ)を十数丁、六ヵ月をかけて造ったことがある。その槍鉋は、奈良の寺院の大きな塔の柱を削るために使われた。普通の鉋に比べて槍鉋で木の表面を研ぐように削っていく作業は大変な手間がかかる。木の繊維を痛めずにていねいに根気よく削るためだ。しかし、その目前の作業の手間を惜しまずやっておくと、木肌の表面は磨き上げたような仕上がりになり、建物はでき上がって何百年とたってから、二十年、三十年という単位で寿命を大きく伸ばすという。
目先の利益にとらわれず、何百年も経ったときのために、道具づくりのレベルに還って仕事を構築する考え方はいかにも職人的。何百年もかかって育った木は、切れる道具によって倍生かされる。しかし、そんな仕事に耐える切れ味の道具をつくることのできる「本物」も今は数少ない。道具もまた「なま物」なのである。

carving utensil craftsman,
Imai Kenji

Imai Kenji has his workshop in the center of Kyoto, and makes various knives and chisels for carving Buddhist statues and Noh drama masks. Generally, when expanding the scale of operations, the craftsman must remove himself from making things by hand and rely on machinery.
However, Imai Kenji firmly adheres to the tradition of real handicraft. A handmade knife that cuts well hardly damages the fibers of the wood.
Wood that has grown several tens of years, several hundreds of years is given new life by a fine-cutting knife. Imai Kenji is one of a handful of craftsmen who can make cutting tools suited to this kind of work.


「力のかかるところはゴツク、固く。いらんところはバランスよく伸ばす。手作りのええとこです」

山田 末義 おろし金


仕事をはじめて38年になる山田さんのもとに京都の料理屋さんからテニスラケットほどもある大きなおろし金が「目立て」に戻ってきた。「目立て」というのは、長年使ってにぶくなった歯を、再度一つ一つ鋭くおこし直すことをいう。その大きな別注物のおろし金、実は先代の仕事で、山田さん自身もはじめて目にするものだった。それがプロの料理人の仕事場で40年近い現役生活を送って帰ってきたのだ。「おやじのしよったん、おいときたいなあ」とちょっぴり本音をもらしながら先代の仕事を目に焼きつけていた。この特大のおろし金が次に「目立て」に帰ってきたとき、その仕事を引き受けるのは、三代目を継ぐことが決まっている息子さんの義浩さんの役目となるだろう。いい道具は長生きだ。

grater craftsman,
Yamada Sueyoshi

Graters are tools for grating giant radish, ginger, Japanese horseradish, and other root vegetables and spices, and are indispensable in Japanese cooking. Yamada Sueyoshi hammers his graters from single sheets of copper so that they are of ideal shape and strengthムstiff where most force is applied, and with thin tips.

「今日のご飯をどないして食べようかと考えてた時代に比べたら幸せやね今は。ものすごい抵抗感あるけどね」

井上 忠吾 銅鍋


井上さんは、元旦以外364日金槌をはなさない。寸同鍋、ゆき平鍋、段付鍋、さまざまな種類の鍋を、軽いものでも8キロもある金槌でつくり上げる。10歳そこそこで丁稚としてこの道に入ってからずっと、そんな職人生活を続けてきた。だから週休2日というようなシステムもどこ吹く風。「今の世の中は、もう贅沢という言葉を通り越しとる」と写る。‥‥1日金槌を握らないと、リズムを取り戻すのに3日はかかるという肉体的危機感が今の井上さんの仕事を支えている。

beaten pan craftsman,
Inoue Chugo

There is only one day of the year when Inoue Chugo is not wielding a hammerムNew Yearユs Day. On any other day, he is beating all types of pansムtall cylindrical pans, casseroles, and ribbed pansムinto shape. The techniques Inoue Chugo applies to make this wide variety of pans has been honed to perfection over the past fifty years.

「私どもの世代、そして、新しい世代とともに、心をこめた道具づくりを続けてまいります」

寺久保 進一朗


ご挨拶

錦の市場に山海の味覚があふれる季節となりました。皆様には、お健やかにお過ごしのこととお喜び申し上げます。
さて、今年、有次は、法人化15年という節目を通過いたしました。皆様とのご縁によって、私たちの時代錯誤ともいえる道具づくりは今日まで支えられて参りました。
心より感謝申し上げます。

このたび「有次」という小冊子を制作いたしました。大量生産大量消費時代が曲がり角を迎えている今私たちが料理道具づくりを通して見てきたもの、見ようとしているもののほんの一瞬をご覧になっていただけたら幸いです。

この小冊子は、職人の技こそが財産と考える私たちの1993年の一つの記憶です。
これからも、人から人に引き継がれてきた、物づくりの所作に新しい力を加えながら長く、愛着をもって使っていただける、心根のこもった道具を販売させていただきたいと思います。

どうかよろしくお願いします。
おおきに。ありがとうございます。

THANKS

 


"Aritsugu" published October 1993 for Aritsugu Co., Ltd., represented by Terakubo Shinichiro, the 18th direct descendant of the founder

Matsubara-sagaru, Sakaimachi-dori, Shimogyo-ku, Kyoto

Tel: 075-351-5800
Fax: 075-351-5759


Photography by Uchida Kouichi,
Design by Nishioka Tsutomu,
Planning by Terakubo Yoshihiro, Morning Company Ltd.

 

小冊子「有次」
1993年10月 作成
株式会社 有次
18代店主 寺久保進一朗

写真/打田浩一
デザイン/西岡勉
翻訳/ホームズ・ジュリアン
企画/寺久保吉完

1993
ARITSUGU
Kitchen knife blacksmith

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